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![]() 2003・08・13(水)〜2003・08・17(日) |
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台風の影響で豪雨が懸念されていたが、4日目もなんとか晴天に恵まれた。 お遍路タイムリミットもあと二日。この日のクリア数が完全巡拝成功の鍵となる。 八十八箇所も大詰め。 高知市を早朝5時に出発、一路室戸岬へとSを飛ばす。 |
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| 第1日目 第2日目 第3日目 第4日目 最終日 | |||
| GO! | 第4日目 | ||
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34番 種間寺 |
やはり早朝は思うように寺を発見できる。 さすがに4日目ともなると地図の見方、道の見分け方、そして寺のありそうな雰囲気を,感じ取るといった特殊能力を、見事に身につけられていた。 34番種間寺(たねまじ)33番雪渓寺(せっけいじ)と難なくクリア。 雪渓寺という名前はとても美しい。 今回完全巡拝を達成するため一切観光には目もくれないと徹底してきたが、どうしても32番禅師峰寺(ぜんじぶじ)に行く途中にある「桂浜」を素通りすることはできなかった。 太平洋の向こうを見据える坂本竜馬の銅像が、あたかも日本の行く末を今もなお憂いでいるように太平洋を見据えている。 「日本はこの先、一体どこへ行こうとしてるんでしょうね、竜馬さん。。。」 |
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33番 雪渓寺 |
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32番 禅師峰寺 |
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31番 竹林寺 |
海岸沿いの札所を離れ市街地へ入っていく。 31番竹林寺(ちくりんじ)は五台山公園というきれいに整備された公園の頂上にある札所。ここで朝食にコンビニおにぎりを食べる。 この寺ほど周りがキレイに整備されている札所は珍しく、車で走れる参道も事故のないようにと一方通行のロータリーとなっていた。 一方通行なので札所を通り過ぎると、再び札所に行くにはもう一度下まで降りてまわってこなくてはいけない。 案の定、早朝で他の車もいなかったためそんなことに気付くはずもなく、当たり前のように逆走してしまっていた「ととS」はあえなく管理人のおじさんに「こらー」叱られることに。 この歳になって叱られるとかなり凹む(笑)。。。。 |
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30番 善楽寺 |
前日とはうってかわって賑やかな市街地に札所が点在している土佐シリーズ。 人や車の往来が多いので、山間部とは違う意味で道を発見しにくい。 30番善楽寺(ぜんらくじ)では、お盆の催し物の準備をしている地元の「青年団」に誘導してもらえる。 櫓を組んでいた彼らの一人が「あ、S2000だ」と発見してくれて、それを皮切りに丁寧に道を教えてくれた。 珍しい車はこういう時に役に立つ。 善楽寺には水子供養にちいさなお地蔵さんを作って奉納する慣わしがある。 88箇所には水子供養のお寺が比較的多い。水子の霊を慰めるためにお遍路をする人たちが多いのだろうと思うと、その可愛いお地蔵さんがとても物悲しく見えるのであった。。。 30番に引き続いて29番国分寺(こくぶんじ)も迷わずにクリア。ここには「酒断ち地蔵」なるものがあって酒を止めることに効能があるらしい。 毛頭アルコールを止める気などさらさらなかったが一応参拝しておいた。 もともとは一言だけ願いをかなえてくれる「一言地蔵」だったのだが、どこかの夫婦が酒断ちを祈願して成功したことからそう呼ばれるようになったらしい。間違っても倒立している地蔵ではない。 |
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29番 国分寺 |
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28番 大日寺 |
立派な県道から突然鋭角に細い道を登っていくと28番大日寺(だいにちじ)がある。 この細い道、距離こそ50〜60メートルほどだが、入り口に車の車幅を確認するための鉄柱が設置されている。 つまりこの鉄柱の幅を通り抜けられない車は上がってくるなという意味なのだ。この幅の設定がかなりシビアで、Sは思ったより横幅の広い車なのでこのゲート通過にはとても神経を使わされた。おそらくタイヤの側面は微妙に擦っていたであろう。 山道を登ることよりこのゲートを超えることが試練であった。。。。 いくつかの札所には「奥の院」とよばれる御堂を持つものがある。基本的に本堂よりさらに山奥に建てられており、言わば「離れ」ようなものか。 ここ大日寺にも奥の院があり、そこには「爪彫り薬師」という仏像が安置されていた。 弘法大師が爪で彫ったと言われる仏像で、本尊よりもこちらのほうが信仰を集めているらしい。 もともと立木のまま彫ってあったらしく、今では台風によって倒されたため仏像の部分のみが奥の院に安置されているのである。 |
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27番 神峯寺 |
土佐・南国の市街地を離れ、ここから27番神峯寺(こうのみねじ)までは海沿のR55を延々と移動することになる。 太平洋の荒波が押し寄せてくるのを横目でみながら海岸線をひた走る。 27番は地図を見るからに明らかに難所であった。 午前中の難所はここだなと覚悟を決め、勇猛果敢に山道に挑んでいくとと号S2000。 ところがつづら折れを暫く超え、いよいよ道が狭くなり本番だと思ったところで一人の男性が走り寄ってきた。 「ここからは行けないよ。」 なんとお盆前に続いた豪雨の影響で土砂崩れが発生しており、車では山頂の札所までは行けないと言うのだ。 山頂に行くには歩いていくか、土砂崩れ地点の向こうから山頂までの往復をしている臨時シャトルタクシーを使うしかないのであった。シャトルタクシーは往復2500円要るといわれ一旦は歩いて上まで行こうと考えたが、猛烈な急勾配を2時間は歩かなければいけないとのことだったので結局タクシーを使うことになった。 ただこの時Sの後ろからタクシーで50代くらいのおばさんと80歳くらいのおばあさんの二人連れが到着してきて、私と二組でタクシーを相乗りすることになり、料金を半額で済ませることができた。 その上、シャトルバスの運転手がそのおばあさんの高齢を見かねて普段上がれないところまで車を乗り入れてくれたので、労することもなく大変楽に本堂まで行くことができたのであった。 少々出費ではあったが、急勾配の山をSで苦労して登らずに済んだことを思えば土砂崩れも逆にラッキーであった。 シャトルバスに乗ってるあいだ山頂までの「歩き」を選択した人たちに数人出くわしたが、その表情ことごとくは生ける屍のごとく憔悴していた。 あ〜、歩かなくてよかった♪ |
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26番 金剛頂寺 |
27番の山を降りてまたひたすらR55を走る。 四国のドライバーは「ユッタリのんびり運転」でマナーも良いと前述したが、この時の道中では例外に遭遇した。 おそらくマフラーくらいしかイジってないんだろうと思われる「チェイサー」に猛烈に煽られてしまったのである。空いてる道や峠道なら軽くちぎってあげたのだが、車の多い生活道路だったため前の車を抜くわけにもいかず後ろからの圧力にサレルガママのとと号であった。 しばらくして対向車線が空いたと思うや否や、後ろにいる荒くれチェイサーは猛然と爆音をたててとと号を半ば無理やり抜いていった。そしてさらに勢い余って前方の車列のほとんどを抜いていったようであった。 「う〜ん、よっぽど急ぎの用があったのだろう。子供でも生まれるのか?ていうか、そんなに目の仇にして抜いていかなくてもいいのになあ。」 そう思いながらのんびり走るとと号であった。 そのうち例の如く山を登るように案内が出てくる。 26番金剛頂寺(こんごうちょうじ)の参道もなかなか急な山坂道ではあったが、ここへ来てはすっかり四国の山道に慣れてしまいちょっとやそっとでは驚かなくなっていた。 山門に続く長い石段の下に駐車場があって、そこに列車のコンテナを利用した「はらみた屋」という小さな喫茶店があった。 高校野球を食い入るように見ていた店のマスターを呼び出し、店先で売っていたアイスクリンをまたもやゲット。 特筆すべきはここのアイスクリンはダブルである、ダブル♪ |
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25番 津照寺 |
25番津照寺(しんしょうじ)は海を守護している札所である。 高台に竜宮城を彷彿させるような姿で立っている鐘桜門は、小さな港町を眼下に見据えていた。寺の位置からも想像されるように、昔は灯台のような役目も果たしたのだろう。長い石段を登った先にある境内では、石段の洗礼をうけたお遍路さんが息を切らせてうずくまっていた。 |
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24番 最御崎寺 |
ようやく室戸岬24番「最御崎寺」に到着。「ほつみさきじ」と読む。 せっかくなので室戸岬の先端から太平洋を眺めて見る。台風の影響で、日本海のそれとはまた違った荒々しさを見せていた。 ここも前日の足摺岬同様、お遍路さんよりも観光客のほうが目立つ。お盆休みを利用してドライブに来た家族やアベックがひしめき合っていた。 観光といっても特になにがあるわけでもないので、ほとんどの人は仕方なく数少ない建造物であるこの札所を見物にくる。 「このお寺番号ついてる〜♪」と声をあげてはしゃぐアベック。 それを見て「お遍路ってのは順番に回ってこそ意味があるんじゃ。興味本位で軽々しく参拝するんじゃねー。」とつい思ってしまう。 そういう私だって基本的には興味本位じゃなかったろうか? お遍路になんらかの意味を見出してもいないのに他人の巡拝をとやかく言う資格は無い。 他人から見ればオープンカーに乗ってちゃらちゃらとお遍路気分を味わってる道楽者にしか見えないだろう。 少し自己嫌悪に陥った。 |
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23番 薬王寺 |
室戸岬から23番薬王寺(やくおうじ)までは長い移動をしなければならない行程であった。 この海沿いの道R55「土佐浜街道」は四国きってのドライブコースであり、整備状況も良くひたすら豪快に飛ばせるとても気持ちのいい海岸道路であった。 前方を走っている車をとんでもないスピードで追い抜き続けたので、距離の割には短い時間で目的地に到着することができた。 きっとオービスなんかがあれば完全にアウトだったろう(数箇所あった。。。)。 抜かれた人たちはさぞびっくりされたでしょうな。。。。ご迷惑をおかけしました。。。 お遍路もとうとう逆打ち最後の地徳島県へと舞台を移す。 この日の昼食は札所の手前にあったうどん屋。店構えがとっても良かったので飛び込んでみた。ま、味はそこそこだったかな。。。。 良く考えてみたら四国へ来てまだ一度も美味いうどんを食していない。う〜ん。 23番薬王寺も観光色が強く人で賑わっていたお寺だった。 ここで頭の先からつま先、そして杖や数珠にいたる道具類まで完全装備した二人の老お遍路さんを発見した。 フル装備したお遍路さん自体は特に珍しくもなんともないのだが、その二人はそのいでたちにも関わらず、お寺を出ると高級メルセデスに乗り込み颯爽と次の札所に向かっていったのである。室戸岬で思ったように他人のお遍路スタイルを指摘する気はないのだが、ただ単純に「ベンツで行くんなら杖も傘も足袋もいらんやん。」と思ってしまった。。。。 でも彼らはあの大きなベンツで清瀧寺や横峯寺を参拝するんだな。それはある意味やはり「修行」なんだな。。。。。 |
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22番 平等寺 |
海岸線から離れ22番平等寺(びょうどうじ)へは内陸へ。 20番台ともなってくると気軽にお遍路をしている家族連れをたくさん見かけるようになる。 ということはやはり途中で止めてしまう人も結構多いということなんだろう。 確かに子供には辛いだろうな。時間かけて行き着く先が寺なんだからあまりに地味だし。 21番太龍寺(たいりゅうじ)は久々にロープウェイで登るお寺。しかもここのロープウェイはなかなか圧巻でその規模は日本一を誇るらしい。往復2400円と少々高価ではあるが収容人数100人の巨大搬機から見る四国山地のパノラマや、そびえ立つ支柱のダイナミックさは見るものに必ず感動を与えてくれるであろう。 このロープウェイのおかげでこの旅で少しだけ観光としての楽しさを味わうことができた。 しかし、八栗寺のケーブル、雲辺寺のロープウェイ、そしてここ太龍寺のロープウェイとどれも同じ会社が経営しているものではあるのだが、なぜかどの車内でもBGMは喜多郎のシルクロードなのだ。なーんでだ? 雲辺寺のロープウェイ同様、ここでもチケット売りのおねーちゃんがガイドとして搬機に乗ってくる。しかもまたまた美声であった。 ガイドしている最中に客から2〜3質問されていたが、その質問に答える声は普通であった。 声の使い分けをしているなんてまるで声優さんだーとか思っていた。でもよく考えたら、バスガイドやエレベーターガールも普通の声では案内しないよな。。。あの独特の商売用のアナウンスって一体誰が最初に使い始めたんだろう。。。。 |
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21番 太龍寺 |
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20番 鶴林寺 |
山頂の険しい道を避けるために太龍寺のロープウェイは作られたのだろうが、太龍寺と変わらない高さまで車で登る20番鶴林寺(かくりんじ)にはロープウェイは無かった。 しかし、そんな山道もすっかり平気になっており、まるでWRC(国際ラリー選手権)の如く林道を駆け抜けていくS2000。 たまにすれ違う対向車のかわし方にも余裕すら出てきた。 |
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19番 立江寺 |
19番立江寺(たつえじ)には駐車場が無く、近所の食料品店の駐車場に停めることに。食料品店といってもほとんど民家で、200円払って敷地に停めさせてもらうことになる。 10番台に突入してまだ時間的に余裕があったのでここで少し気持ちに隙間が生じる。 この時点であと残すところ18箇所。あと1日で88箇所をクリアするのには十分な射程距離であった。 ここで私の脳裏に2つの思いがわきあがる。 @まだ3時をまわったところなので、今からならばビジネスホテルじゃなくとも少し張り込んで良い旅館でゆっく り夕食を食べて大浴場でのんびりで きるのではないか。せっかく四国まで来ているのに最後までビジネス ホテルでは悲しいのではないか。 A今日できるだけの数をこなし、明日早い時間に終了できることができれば、もう一度スタート地点の香川県 まで一気に戻って素通りした数々のうどん屋をはしごできるんじゃないか。 刻々と過ぎていく時間の中私はついに決断をくだした。 |
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18番 恩山寺 |
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13番 大日寺 |
今回の旅の目的は四国88箇所のお寺を完全巡拝することが第一なのである。 したがってどの行動もその目的を軸に考えなければならない。 最後までその目標にストイックでなければ前日までの悪路や悪天候、そして迫り来る時間との苦闘の数々が嘘になってしまうのである。 私の出した結論はもちろんAだった。「とりあえず88箇所を制覇しよう。後のことは終わった時点で考えよう」、と。 ここでまたお遍路の行程として2つの選択を強いられる。 18番恩山寺(おんざんじ)が終わった次の経路として @地形的に効率の良い13番大日寺から17番常楽寺までの順打経路。比較的密集して点在しているのでクリ ア数をこなせる。 A今回最後の「お遍路ころがし」とも思われる12番焼山寺へ先に行き、翌日の行程を楽にする。 この時すでに日没を迎えており、時間的体力的にも両方という選択は不可能であった。 翌日の天気予報では雨天ということだったので@を選択して悪天候下での「お遍路ころがし」焼山寺アタックも不安であったし、そうかと言って、Aを選択しこれから暗闇のなかおそらく凄まじいであろうと思われる焼山寺への山道を延々と走るのも厳しいものがあったし。。。。。 今回ばかりは自分で決めかねて、四国遍路通の友人(彼はお遍路をまったく巡拝したことがないのになぜか各札所について明るい(笑))にアドバイスを求めてみた。 友人曰く 「12番の「お遍路ころがし」をなめてはいけない。いくら翌日が悪天候といっても暗闇よりは数倍視界は確保できるはず。ここは万全を期して望み、今現在残ってる体力と時間は密集している札所群攻略に注ぐべき。したがって君が今取るべき行動はAしかありえない。」 正直、この時ばかりは少々くじけていた。こんなに苦労しても誰に誉められる訳でもないし、何かをもらえるわけでもない。 別に今日ここで終わって明日1日で結願できなくても、後日改めて巡拝すればいいではないか。誰も一気に回れなんて言ってないではないか。 そう思い始めていたところだった。 しかし、この友人言葉で忘れていたものを思い出すことができた。 「お遍路は誉めてもらうためにするんじゃない。何か見返りを期待してするものでもない。自分を見つめ、自分を発見するものだ。最初に決めた完全巡拝を成し遂げることこそが今の自分を見つめることになるんだ!」 友人の極度に冷静かつ的確なアドバイスを機にすっかり暗くなった徳島県の田舎道をSは猛然と走っていた。 一つまた一つと確実に札所をクリアしていくS2000。一つクリアするたびに友人から「がんばれ」とメールが入る。 自ら掲げた目標に向かって「がんばる」ことが、この時とても貴重で素晴らしいことだと思えた。 暗闇の中迷ってくじけそうになったとき、今度は別の友人から「次!!次!!」と激励のメールが入る。 たった一人で始めて、たった一人で巡拝し続けたお遍路88。 でも今確かに私は一人ではなかった。ここにこうして自分自身と戦っている私を知っている人たちがいた。 それはもう興味本位の観光旅行なんかではなかった。 「あと一つだけ、あとひとつだけ」と疲労した体を鼓舞しながら本日最終目標17番井戸寺(いどじ)の山門にたどりついたのは、もうすでに夜の10時を回ろうとしていたのであった。 四国八十八箇所逆打ち巡拝の旅もあと1日。完全制覇はもう目と鼻の先にまできていた。 4日目終了 22箇所クリア 残り12寺 34番種間寺〜13番大日寺 352.4キロ走行。 |
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14番 常楽寺 |
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15番 国分寺 |
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16番 観音寺 |
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17番 井戸寺 |
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| 四国八十八箇所巡拝最終日 ありがとう四国 | |||
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