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2003・08・13(水)〜2003・08・17(日)

完全巡拝まであと12寺。
とうとう今日で四国ともお別れとなった。
最終日くらいお遍路らしい格好でいようと参拝用Tシャツをゲット(背に「南無大師偏照金剛同行二人」と書いてある)し、
できるだけSに付けていた菅傘を被るように心がける。
 不思議なもので心身の引き締まるのが感じられた。形から入るってことも大事なことなのだ。

しとしと降る雨の中、S2000は結願へとひた走る。



第1日目  第2日目  第3日目  第4日目   最終日
GO 最終日
12番
焼山寺

今回最後の「お遍路ころがし」に早朝6時より挑む。天候は予報どおり雨。見慣れた山間の道をひたすら走る。
ほとんど1速、2速しか使わない山道を淡々と登っていくS2000に初日で見せた無駄な挙動は一切なかった。
小気味良く唸っているホンダサウンドが四国の山々にこだましていく。

前日あれほど警戒した12番焼山寺(しょうざんじ)には思ったより楽に到着した。「慣れ」というものは恐ろしいものである。
しかし今来た道を暗闇の中走行していたらと思うと、前日の決断が正解だったことを痛感せざるおえなかった。
改めて友人の助言に感謝するのだった。

駐車場から本堂まで険しい山道の参道を歩く。眼下には絶景が広がっていた。早朝には、寺はやはり聖域だと痛感できる。

ゆっくりと参拝を終え次の11番藤井寺に向かおうとSを走らせた矢先、焼山寺の「お遍路ころがし」の真髄が突然襲い掛かってきた。
例によってS2000用に作られたかのような車幅いっぱいの道、そしてガードレールの無い断崖絶壁。そんな道を延々1時間近く走ることになったのである。順打ちなら88箇所最初の「お遍路ころがし」になるこの焼山寺への道。いきなりこれを食らえばそりゃ「お遍路さん」も転げるわな・・・・と思えた。
対向車の出現が無いことを痛烈に祈りながらも少しづつ前へ進んでいくS。
11番
藤井寺

最後の「お遍路ころがし」を無事切り抜けて山間部から住宅街に入ると、そこに11番藤井寺(ふじいでら)が突然現れる。
雨が激しく振り続ける中、男子高校生らしいお遍路の一団がバス亭で雨宿りしていた。なにやら食料を買い込むとかどうとか話し込んでいた。

これからお遍路に出発していくんだな。がんばれよ。
10番
切幡寺

10番切幡寺(きりはたじ)には早朝なうえに悪天候だったので寺には誰もいなかった。
参道の長い石段は雨で滝のようになっていた。

前日に「お遍路Tシャツ」を購入してはいたものの、切幡寺まではなんとなく気恥ずかしくて着ていなかった。
でもせっかくなので意を決して駐車場で着替えることに。雨の中上半身裸で菅笠をかぶった男を見た人は一体どう解釈したであろうか(笑)。
着替えてみると、こころなしか気が引き締まる。最初から着てれば良かったと少し後悔した。

10番からの1連は密集しているため予想通り比較的スムーズにクリアしていく。
9番
法輪寺

いよいよ長いお遍路もカウントダウンがはじまる。
田んぼの中に忽然と現れる9番法輪寺(ほうりんじ)。田んぼのあぜ道のような道路を迷いながらも到着。

この寺の門前に「あわじ庵」というお世辞にもきれいとは言えないうどん屋が一軒だけぽつんと建っている。
ここの名物「たらいうどん」は絶品らしいのだが、早朝だったためまだ営業前であった。残念。。。。
8番
熊谷寺

8番熊谷寺(くまだにじ)は88箇所最大の山門(高さ13m)を持つ寺。なんとも言いにくい寺だ。

雨合羽を着て歩くお遍路さんと境内ですれ違う。
撮影を終えた私と入れ違いに本堂で読経するそのお遍路さんの後ろ姿を見て、見慣れた光景にも関わらずなぜか真摯な気持ちになった。
「私もお遍路さんになれたんだな・・・・・」なんとなくそう思えた。
本堂からの石段を降りて行くときもう一度振り返ると、そのお遍路さんはまだ本堂に向かって頭を垂れていた。
雨合羽から透けて見える白装束がその「神聖」さを際立たせていた。
7番
十楽寺

中国風の山門をくぐって7番十楽寺(じゅうらくじ)を参拝する。
人間の持つ八つの苦しみを乗り越え、光り輝く十の楽しみを得られるようにと名づけられた寺らしい。
ここにもたくさんの水子地蔵が奉られていた。地蔵の数は88箇所で最も多いらしい。雨に濡れた風車が物悲しかった。

このお寺の門前にも小さなうどん屋さんがあった。私が参拝をすませ寺を出た時ちょうど開店したようだった。せっかくなので寄ってみることに。
「あのー。今からでもうどん食べられるんでしょうか?」
「ええ、できますよ。いらっしゃいませ。」

まだ午前10時でそんなに空腹でもなかったが、とりあえず「名物 たらいうどん」を頼んでみた。

さすがに店内には私一人で、うどんが来るまでなんとなく緊張気味であった。
しばらくして店の主人がたらいうどんを運んできてくれた。かなり美味そうであった。
要は「釜揚げうどん」のようなもので薬味を入れた汁につけて食べるのである。
一口食べてみて驚いた。。。。「かなり美味い。。。。!!!」四国へ来てやっと四国らしいうどんに出会えた。
このしっかりした歯ごたえの麺こそ四国の誇る讃岐うどんのそれであった。

あんまり美味しかったので思わず店の主人に撮影をお願いすると、朝の仕入れから戻ってきたばかりの娘さんが代わりに撮ってくれた。
「おおっ。。こんなキレイな看板娘がいたのかー♪」などと思いつつパシャリ♪
                                                                       

6番
安楽寺
10時のおやつ(?)も食べ終え、カウントダウンに戻る。
6番安楽寺(あんらくじ)には88箇所中最大規模の宿坊があり、ラジウム鉱泉や薬草の湯などの浴場を備えている。。
安楽寺自体もともとは温泉の涌く谷にあったらしく、その昔弘法大師はその温泉で旅の疲れを癒したらしい。
そういえば結局四国では1度も温泉に入れなかった。。。。。残念無念。。。。。
5番
地蔵寺

5番地蔵寺(じぞうじ)は見所の多い寺だった。
 樹齢800年といわれる大銀杏がそびえる境内には地蔵尊が奉ってあり、その地蔵尊の下は水琴窟(すいきんくつ)になっている。あえて隠してるわけではないと思うのだが、水琴窟のことは境内のどこにも案内が書いていない。だから地蔵尊に水をかけた時、地蔵尊の足元から突然聞こえてくる美しい音色に驚いてしまうのである。その響きをもっと聞きたいと思って地蔵尊にバッシャバッシャ水をかけていると、隣にいたおばさんが怪訝そうに私の顔をのぞいていた。よく見るとその地蔵尊は水子供養に立てられたものだった。。。。。そのおばさん、一体なにを想像してたんだろ・・・・・・(汗)。

 この寺の「奥の院」には「五百羅漢像」という仏像群が奉ってある(拝観200円)。その名のとおり500体もの数の仏像なわけだが、その仏像一つ一つ違った表情をしているのだ。その表情たるや喜怒哀楽がとてもよく表わされていて人間味溢れるものであった。この中には自分と縁のある故人の顔が必ず見つかるのだという。。。奥の院には私一人しかいなかったので、暗い回廊の中に並んでいる仏像たちに睨まれているととても薄気味悪くなり足早に回廊から出てしまった。

 奥の院から出ようとしていると入り口で若い女性のお遍路さんとすれ違った。その女性は白装束ではなしに、ピンク色のTシャツにカラフルなリュックを背負って、お遍路というよりも四国にトレッキングに来たというふうな軽快な感じであった。おそらく夏休みを利用してお遍路を巡拝しようとしている学生さんなんだろう。今時の女の子というその風貌がてとても「お遍路には似つかわしくないなあ」と思えてしまい、「実はお遍路でなく単に観光で来てるのかも」と勝手にいろいろと想像していたりした。その女の子がもの珍しそうに奥の院に入っていく姿を見ながら、「お遍路」=「レジャー」も案外悪くないような気もしていた。
4番
大日寺

道沿いの地蔵寺からもう少し山手に入ったところに4番大日寺(だいにちじ)がひっそりと建っている。
例の如く短い参拝をしていると、少し離れたところで大きな声で読経している母子がいた。
読経を終えるとすかさず「納経所」でスタンプとサインをもらっていた。
納経所から出てきた母親がそのスタンプ帳を嬉しそうに眺めているのを見て、いつかあんなふうにゆっくりお遍路をしてみたいと思った。

大日寺を離れ次の札所を目指そうとしたとき、前方からさっき地蔵寺で見かけた女の子とすれ違う。
額に汗して坂道を登ってくる姿がとても爽やかに感じた。
「あの子、やはりお遍路さんだったんだ。。。。しかも歩き遍路で満願を目指そうとしているんだ。。。。」
とてもよく似合っていたピンクのTシャツの裾が、軽快に歩く歩調に合わせて風になびいていた。そして握られた「金剛杖」が確実にお遍路の道を刻んでいた。。。。
3番
金泉寺

とうとうラスト3である。
このあたりになるとやけに人が多い。88箇所初めて駐車場が満車なのを経験する。仕方ないので無理やり門前に置くことに。ただでさえ注目される車なのに、そういう目だったことをするととても恥ずかしい。。。。(笑)

ここへきて自分の気持ちの奇妙な変化に気付く。
札所の数が減ってくるのに比例して、なぜか胸が締め付けられるような感覚にとらわれた。88番札所から一つづつ刻んできたこれまでの行程が不思議と懐かしく思えてきたのである。あんなに辛くて苦しい巡拝だったのに、今ではとても名残惜しくなっている。「車から降りて急ぎ足で参拝しまた移動」という行程に飽き飽きしていたにも関わらず、それがもう終わるとなると寂しくってしょうがなくなってしまっていた。
「もうすこしお寺があってもいいのにな。。。。」

旅の終わりとはいかなる形においても切ないものだ。
2番
極楽寺

2番極楽寺(ごくらくじ)の広い駐車場で高級車から降りてきた上品そうなご夫婦に話しかけられた。

「君のSのマフラーは無限製だろ?それにしては音が静かだがどういうわけだ?わしのはもっとうるさいぞ。」

おそらくどこかの社長さんなんだろうって感じのご主人のほうがそう言いながらSのリアを覗き込んでいる。どうやらS2000も所有しているようだ。
「はは(笑)多分そちらのSはエキマニも換えてあるからでしょう。私のはマフラーだけですから。」
そう答えると「わしは全部換えたからなあ。」と得意げにこちらを振り向いた
「これからお寺をまわるの?」ととても優しそうなご婦人のほうが口を開いたので、逆打ちの結願間近だということを説明した。
「うちも最初はS2000で回ろうと思ったんだけど、多分大変だろうからこっちの大きい車のほうできたのよ。少しまわってみてやはりそれが正解だったと今主人と話してたところ。」
婦人はにこやかに言葉を重ねてくれた。
「あの車じゃ荷物がさっぱり積めないからのう。」
ご亭主のほうがそう言って笑っていた。話を聞いていると地元の人らしく、もう何回もお遍路は経験しているとのことであった。

四国に入って結局1台もSにすれ違わなかったが、こんな形でS乗りの人に会うとは想像もしなかったので少し嬉しくなった。
ご婦人が別れ際に「結願までもう一つね。ご苦労様」と言ってくれたのがやけに心にグッときた。
同じ車に乗っているというだけで生まれる連帯感というのも心地いいものであった。
1番
霊山寺

雨も落ち着いてきて、見慣れた標識に1番札所の名前が書かれてあるのを見つけた。

1番札所霊山寺(りょうぜんじ)にはあっけなく到着した。
さすが「1番」だけに観光ムードたっぷりで、境内には観光客やこれからお遍路を巡拝しようとしている人たちがひしめき合っていた。
寺の門前にはお遍路グッズがすべて揃えることのできる売店が完備されており、「門前1番街」という名前までつけられているほどだった。

「88箇所、すべてまわってきたんだなー」と感慨深く思えてきて、このまますぐに1番札所を後にするのがもったいなく感じていた。
しばらく意味も無く霊山寺を徘徊してみる。徘徊しながらこれまで巡拝してきた数々の札所のことを思い出していた。
本来、お遍路というのは私のようにすべて巡拝するだけを目的とするのではなくて、何がしかの祈願や想いをもって巡拝するものである。
だから私も一応は本堂での参拝時には決まり文句のようになった言葉を唱えていた。
「旅の安全をお守りください。それと私の周りにいるすべての人が幸せでいられますようにお願いします。」
ただ、それだけだった。

霊山寺の山門を出るとき、他の寺と同様に1礼した。目を上げると山門から見える境内がすべて過去のもののように感じた。もう私はお遍路の輪の中にはいない。
 もう1度だけ、今度はもう少し深く頭を下げた。



「お遍路」は無事結願を向かえ、私の今回の旅は終わった。
ひたすらお寺を巡拝し続け、こうして88箇所すべてを参拝し終えても私の手元には当然何も残るものはない。
比較的少なく済んだといってもそれなりに経費を使ったし、長期休暇のすべてをこの旅に費やした。
「この旅に意味はあるのか?」
そう自問自答してしまう自分がそこにいた。
確かに無意味だったかもしれない。もっと有意義に休暇を使えたかもしれない。こんなに辛い思いをしなくても、もっと別の方法で達成感を得られたかもしれない。「こんなことしても何も変わらないぞ。時間と金の浪費にすぎない」と言われても反論に口ごもるであろう。

でも・・・・

88箇所の寺が私に一つだけ教えてくれたことがある。
「目指すものはゴールではない。それは新しいスタート。立ち止まらず次を目指せば新しいステージがきっと待ってる。」

四国1周88箇所なんて最初途方も無いことだと思えていた。もしかしたら時間切れで完全には巡拝できないかもしれないとも思っていた。道中、あまりに辛い難所で「もう止めようかな」と思ったこともあった。
 それでもあと一つ、あと一つと思いながら巡拝していくうちにこうして1番の札所を打つことができたのだ。遠いゴールだって1歩進めば確実に近くなるのだ。
 お遍路はある意味人生の縮図だった。人は誰しも希望や夢があってそこに向かって生きている。だがほとんどの人間がその「距離」に挫折し諦めてしまう。1歩進んでいることが信じられなくなり「夢」は「夢」でしかなくなってしまうのである。
目標は必ず近くになるのだ。諦めず、ほんのわずかでも前に進むことができれば望むべき新しい未来は形になるのである。

分かりきっているはずの真理もこうして体感することによって本当に理解することができる。

お遍路を終えた私とSは四国を後にし徳島県鳴門大橋を一路京都へと帰路についていた。
振り向けば四国がよく見えるように、曇り空ではあったが幌を開けて走った。
そして淡路島の山並みに四国の姿が消えていこうとした時、私は声に出してこう言わずにはいられなかった。

「ありがとう四国。ありがとうメールをくれた人たち。ありがとう、八十八箇所のお寺たち!」

カーオーディオから流れる優しい曲が、沸き立つ想いを紡いでくれていた。

最終日 12寺クリア 12番焼山寺〜1番霊山寺〜京都 452.5キロ
四国霊場八十八箇所完全巡拝終了

総走行距離2036.4キロ


TOP
おまけ

最終日は結局午前中に参拝を完了したので、やはりどうしても四国の讃岐うどんを諦めきれずに再び香川県へ。

と、その前に友人からメールで紹介されていた「びんび家」という魚料理のお店に向かう。
瀬戸内海に面して立つその店はかなり有名らしく、私が到着したときは恐ろしく満員でまるで戦争のような忙しさだった。友人から「料理はかなり美味しい」と聞いていたので楽しみにしていたのだが、その忙しさのあまりゆっくり食べてるのも悪いような気がしてさっさと食べて出ていってしまった。でもやはり評判が高いだけに出てきた刺身定食は絶品だった。一緒についてくる味噌汁も最高。とにかくボリュームが凄くて、うどん屋を数件はしごしようと思っていたのにここでかなり満腹になってしまった。。。。

 胃袋の満腹感を誤魔化しながらうどん屋を目指す。目的は85番八栗寺の近くにある「山田屋」さん。巡拝中はやむなく素通りしたが諦めきれずにリベンジであった(笑)。巡拝中に来た時はかなり長い行列ができていたので、長時間待つことを覚悟して臨んだ。が、幸いこの時はピークがちょうど終わったところで、一人ということもあってすんなり店内へ。
 テーブルに座るやいなやメニューを見るまでもなく「釜ぶっかけうどんください!」と速攻で注文する。なにしろ「釜ぶっかけうどん」を注文することは四国へ来る前から決めていたのだから。
 おしぼりとお茶をまだテーブルに置き終えてなかった店員さんが「は、はい。釜ぶっかけですね?えーと1玉でよかったですか?」と聞いてきた。

 この時「2玉」と胸を張って答えたかったのだがさすがに胃袋が悲鳴をあげそうだったので涙をのんで「1玉でいいです。。。。」と答えた。これだけ苦労してやっと食することのできたうどんを残すなんてことになってしまったら、四国に点在する数々の列強うどん屋に対して失礼であるし、とと家末代までの恥として語り継がれてしまいかねないことになる。そう思うと人間として男として、そして88箇所を制覇してきたお遍路としてそれだけは断固避けなければならなかった、だから1玉でがまん、がまん、がまん!


 注文してから「釜ぶっかけうどん様」がいらっしゃるまでの数分間を、自分の満腹中枢を精神力で麻痺させる努力に費やす。

「私は今腹が減っているはず。腹が減っておなかがキューキュー鳴っているはずなのだ。ほーら、だんだんお腹が減ってきた〜。」


必死の自己暗示が胃袋から脳に伝達されている情報を無理やり寸断しようとしていた。空腹感を耐えることはその延長線上に「餓死」の恐怖をともなうが、満腹感を耐えることには「破裂死」の惨劇が待っている。しかしどんなことがあってもこんなところで炸裂するわけにはいかない。うどんの食いすぎで爆死なんてみっともないし、何より後片付けが大変だ。静かに座って「うどん様」の登場を待っている私の体内では、高回転型の消化器官がオーバーレヴ気味で内容物を最適化していたのであった。
 生命維持に必要なエネルギーの約80%を消化作業に費やし、余分なエネルギーの消費を抑えるため一点を見据えて石化していた私のところに「うどん様」がその姿を現した。眼前に降り立ったその神々しい姿に暫く圧倒させられてしまう。見るものを日本の伝統技術の世界に瞬時に招き入れてくれるような漆黒の器に、「うどん様」はまるで良質のシルクのような艶やかな光沢を放ちながらその気高き細身の体を幾重にも横たわらせていた。純白の麺に数種類の薬味&出汁をまさに「ぶっかけ」て食べるのだが、釜からあがったままの姿で今まさに「ぶっかけ」られようとしているその姿には花嫁衣装である白無垢をたぶらさずにはいられない。「あなたの色にいかようにも染めてください。」と言わんばかりで身をあずけようとしている「うどん様」を見て、誰しも「そうか、そうか。ならなんでもかんでもぶっかけてやるぜ!」とある種の征服感に至高の喜びを覚えるはずであろう。純白のうどんの中に込められたそのような伝統様式の美が、枯渇した社会生活で忘れかけていた「和」の心を思い出させてくれたようだった。
 
わけのわからん事を考えているうちに胃袋に多少の余裕ができてきたのでおもむろに「うどん様」を口中に運ぶ。
「う・・・・・・・美味い・・・・美味すぎる。」
満腹のままで食事をすると普通美味いものでもそんなに感動しなくなるのだが、さすがに「うどん様」はそんな怠慢を許してはくれなかった。
讃岐地方独特のコシの強い麺とカツオと昆布でじっくり絞り摂られているであろうダシが口中で絶妙なバランスで混じりあい、派手さは無いがきちんと自己主張を忘れていない薬味が全体を卒なくまとめ上げている。その芸術とでもいうべき炭水化物のシンフォニーは私の満腹感など瞬時に消し去ってくれ、気がつけばほとんど休むことなく胃袋にその純白の体を収めることができた。
 食事中、この湧き上がる感動をどうしても何かに残しておきたいという欲求にかられ、店員さんにカメラで撮影をお願いした。店員さんも慣れているのか快諾してくれて、「おーいい顔ですねー♪それそれっ。このアングルもいいですねー♪そそっ、そんな感じ♪」と熱心に撮影してくれた。
自分から言い出したのではあるが、なんだか猛烈に恥ずかしかった。。。。。

 
 うどん屋のはしごと思って再び香川県にやってきたが、さすがにもう麺1本たりとも体内に取り込むことはできなくなっていた。近くにある屋島寺にある「わら屋」が気になっていたのだが、これ以上食べると胃袋どころか肺や脳、さらには細胞液にいたるまで、まさに全身うどんだらけになってしまうので涙を飲んで断念することにした。 今度四国に来るときはうどん巡りもいいな〜と思うととであった。

おしまい♪